Difference −エトナ−



あたしは何を思ったのか、廊下を歩いていたプリニーに殿下の居場所を聞き出し執務室に向かった。

そこには居るだけいてまったく仕事をしていないガキンチョ魔王が。
もはやこの状況はありきたりなのでツッコミする気もうせた。いいかげん仕事をしろ。と、あたしは心の中で呟いた。
そしてあたしの存在に気がついた殿下は顔をあげ、いきなり現れたあたしを怪訝そうに見つめた。
何も思わずにここにきたあたしにはもちろん話の話題がなかった。
さて、何を話そう・・・と考えていた時、ふと思った。

『フロンちゃんが天界に帰るといいだしたら殿下はどうするんだろう・・・』って。

とくに話すこともなかったし、何よりもこれを聞いてうろたえるであろう殿下の反応が楽しみだった。だからあたしはこの思いを言葉に表した。
「殿下、もしフロンちゃんが天界に帰るって言ったらどうします?」
この言葉に殿下は一瞬訳がわからなかったらしい。なんせあたしに聞き返したのだから。
その時あたしはかすかな不安を覚えた。この不安はさっきあたしの思いを言葉にした時もよぎった。


―――いったい・・・この不安はなんなのだろう・・・。


でもあたしはこの不安を無理矢理なかったことにした。そして、殿下の質問に答える。
「いえ。ただ気になったから聞いてみただけです」


そうだ・・・本当にただそれだけだ。


・・・だけどさすがに執念深さを自慢しているだけのことがあるのか、なおも殿下はあたしに質問してきた。
あたしはこれに対して思ったことを口にした。
「特に意味はないんですけどね、あたしが殿下の家来を辞めて城を飛び出した時、殿下ってばあたしを連れ戻そうとしたじゃないですか」

今でもあの時のことはよく覚えている。殿下があたしのプリンを勝手に食べたというのに、謝らなかった。それどころか開き直って『家来』という単語を連発してきた。
・・・この時、あたしはどんな顔をしていたんだろう・・・?
殿下のあまりにもひどい自分勝手な考えにあきれていただろうか? 怒っていただろうか? それとも・・・。
とにかくあたしは殿下の態度に腹を立て、家来を辞めることを宣言し、殿下のもとから飛び出した。
それで・・・いろいろなことがあって・・・本当にいろいろなことがあって・・・あたしは殿下の所に戻ってきたんだけど・・・殿下に「なんであたしを追っかけてきたんですか?」って聞くと必ず、
「あっ、あれはお前ではなくプリニーどもを連れ戻そうとしたのだ! 勘違いをするな!」
っと、プリニーの名前をだしてくる。
・・・・・・照れ隠しで言ってるんだろうけど、まったくもって隠しきれていない。
いつものあたしなら殿下をからかうためにワザと「殿下ー、赤い顔しても説得力ないですよー?」ってなセリフを言うのだが、今日は微笑ですませておいた。
そしてあたしはさっきの話をすることにした。
「それでですね、フロンちゃんがあたしみたいに城から出てったり天界に帰ったりしたら殿下はどーするのかなーって思って聞いてみたわけですよ」
このセリフに殿下は黙り込んだ。


―――予想通りの反応だった・・・。


殿下はあたしのことを追いかけてきたのだ。フロンちゃんのことを追いかけないはずがない。
だからあたしは殿下の沈黙を『どうしたらあたしに怪しまれずに答えるか』で悩んでいるのだと思った。そんなことをしても無駄だというのに。
だけど・・・この時あたしはついさっき感じた不安を再び感じた。何故だかわからないけど、殿下の沈黙を見ているのが・・・つらい。
この不安を消し去るためにあたしは殿下を急かした。
そしてあたしの急かしが効いたのか、殿下は、
「そうだな・・・」
と呟き、再び考え始めた。
その間、あたしは黙っていた。気のせいか妙に緊張する。
てっきり殿下は、あたしを追いかけてきたみたいにフロンちゃんのことも追いかけるものだと思っていた。
最初からわかりきっていたことだ。でも・・・あたしの心のどこかに『期待』という感情があるらしい・・・。もしかしたらこの『期待』がこの話題を生み出したのだろうか・・・? ・・・そうだとしたらあたしは一体何を期待しているのだろう。
あたしが1人で考え込んでいた間、殿下は何を言おうか決まったらしく、口を開いた。


(・・・・・・さっさと聞いてさっさとこんなくだらない話を終わらせよう)


殿下がしゃべろうとしてたとき、あたしはそう思っていた。


―――こんな話題を出した後悔と共に・・・。


でもこの後悔は一瞬で消え去った。何故なら―――
「意味もなく家来を辞めたり出て行ったとしたら追いかけるかもしれんが、理由があるとするならば止めん。天界のことについても同じだ」
殿下が思ってもみなかったことを言ったからだ―――・・・。



あたしは声を出すことができなかった。

今・・・殿下は・・・なんて言った・・・・・・?

フロンちゃんを・・・追いかけないって・・・?

殿下・・・が? なん・・・で?

あたしは思考が停止した脳を無理矢理使い、考える。
でも、どう考えても理由がわからない。
だって・・・殿下はあの時・・・

「・・・・・・? エトナ? どうかしたのか?」

なんの反応もみせないあたしを不思議がったのだろう。殿下があたしに声をかけてきた。
「へっ・・・? あっ・・・いえ・・・ただ・・・・・・」
おかげであたしは正気に戻れた。だがやはりとっさに言葉は出てこない。あたしは再び考えた。
だが殿下はあたしが置かれている今のこの状況を夢にも思わずに、
「ただ?」
あたしを急かす。
アタシは思った。


・・・ただ殿下はあの時フロンちゃんを追っかけて行ったじゃないですか―――・・・と。


今思ってもあの時の殿下の行動は不思議だった。
いくらフロンちゃんがいろんな意味でおもしろくて変わった存在だったとしても、ずっと未知な領域であった天界に行くとは思えない。
だからフロンちゃんが再び天界に帰るって言い出した時はついて行くのは無しとしても、必死で説得するものだと思ってた。


―――だけどあたしの考えは違った・・・。


だから今更こんなことを言うのもどうかなと思い、
「ただ・・・その・・・・・・・・・だったらどうして殿下はあたしのこと連れ戻そうとしたのかなーって思って」
あたしはとっさに誤魔化した。
「・・・は?」
この言葉の意味がわからないのか、あっけにとられる殿下。やっぱり殿下はこうでなくては。
じゃっかんあたしは楽しみながら、
「だってそーじゃないですかー。あたしだって正当な理由があったんですよ?」
殿下と話す。だけど殿下は、
「お前の場合はプリンが原因だろうが! どこが正当な理由だ! どこが!!」
あの時のことを思い出し、怒る。
殿下の言葉にあたしは言い返す。
「立派な理由じゃないですか! それに・・・それだけが理由じゃないですし・・・」
だけど言った後で後悔した。言わなくてもいい事を呟いてしまったのだ。
「??? どういうことだ? プリンが原因だったのではないのか?」
もちろんそれを不思議がる殿下。まったくもって変に感がいいガキである。だったらあたしが家来を辞めて魔王になろうとした本当の理由をわかってほしい。
あたしは自分の想いを知られたくなかったから、
「・・・なーんでもないですよー! 殿下は気にしないでください♪」
いつもの調子で誤魔化した。そうだ。やっぱりあたしはこうでなきゃ。
「あーあ・・・それにしても殿下、差別ってヒドイですよー? フロンちゃんはOKであたしがダメだなんて」
そしてワザとらしくため息をついた。でも殿下はあたしの演技に気がつかずに、
「お前はオレ様の家来だぞ? どんな理由があろうがそんなものは関係ない。一生オレさまの傍にいて働くのだ!」
お得意の高笑いをして叫んだ。


・・・まったく・・・この横暴魔王は・・・


あたしは心の中で苦笑した。そして、
「・・・殿下・・・それ、意味わかって言ってます?」
ついさっき思ったことを言った。

殿下の言った言葉にどれ程の力が込められているのかを・・・。

だけどこのおこちゃま魔王にはとうていわかるはずもなく、
「? 何がだ?」
首を傾げる。
・・・・・・そんなことだろうとは思っていたけど、やっぱりあきれてしまう。もう少し意味を理解して言ってほしい。いつまでもバカでは困る。
・・・でもまぁ・・・そこが殿下らしいって言ったらそうなんだけど、それを言ってしまったらいろんな意味で終わってしまいそうな気がするので、言わないでおこうとあたしは思った。
「・・・ってことで殿下、今の会話はなかったことにしてさっさと仕事を始めてください」
そして無理矢理話を終わらせた。
だけど殿下はいきなりの話題に、
「おっ、お前いきなり何を言って・・・」
うろたえる。あたしは殿下のこういう反応を見たかったのだ。そして、
「仕事ですよ。仕事。ほら? さっさとやらないと溜まっていきますよー?」
あたしは机の上にあがっているサイン待ちの紙を見た。殿下もそれを見たのか顔をしかめてうめき声をあげた。それどころか殿下は、


・・・逃げ出そうとしていた。


この魔王が仕事をサボることは日常茶飯事なので、
「あっ、ちなみに逃げ出そうと思っても無駄ですよ? あたしが見張ってますから」
すかさずあたしは呼び止めた。
この言葉に観念したのか殿下は、重い足取りで無言のまま椅子に座った。



あたしは殿下を見つめる。
どうやら殿下は椅子に座るだけ座って、まったく仕事をする気がないらしい。それどころか今だに逃げ出すことを考えているように見える。
その執念深さを仕事にいかせよ。と思いながらあたしはふと、自分の気持ちについて考えた。



不思議なことに最初の頃に抱いていた不安感は消えていた。



・・・それどころか今は嬉しいような安心したような、妙な気持ちだった。



そしてその気持ちが・・・とても・・・心地よかった―――――――――。





−あとがき−
何故か本編(?)よりエトナ編の方が長くなってしまったワケです・・・ハイ。
あれでもかーこれでもかーって、エトナの視点で書いてみたんですが、誰かの視線で小説を書くのって難しいですね・・・(汗)
それで出版してる作者様方はスゴイなーっと・・・うまい具合に表現できてるんだもんなぁ・・・(何)
ところでっ、管理人は乙女っぽいエトナを気がついたら書いたりしてしまうので、できるだけ凶悪(?)なエトナを書こうとしているのですが・・・はてさて・・・何がいつどこでどうやって乙女ちっくになってしまうんでしょうかねぇ〜・・・?(゜v゜;)
ではでは、読んでくださった方ありがとうございます。少しでもお楽しめたならば幸いでございます。





2008/12/22