「ヴァルっちー、いるー?」
フーカは執務室のドアをノック無しで開けた。
「何の用だ小娘。閣下なら外出中だ」
しかしそこにいたのは用があるヴァルバトーゼではなく、彼の執事兼お目付け役になっているであろう青年、フェンリッヒだった。
「ゲッ・・・フェンリっち・・・」
そしてこの場にヴァルバトーゼが居なく、フェンリッヒだけだということに気がついたフーカはつい本音が漏れ顔を引きつらせるのであった―――。



May 23rd -Fuuka-




本日は、キスの日。
そのことを知っていたフーカは「面白くなりそう♪」な理由でヴァルバトーゼに教えるため執務室を訪れたのだが―――・・・
「あーもう・・・! ヴァルっちが居ないなら居ないで別なとこを探せばいいんだけど・・・よりにもよってなんでフェンリっちと会っちゃうかなー・・・。最近アタシってば運悪くない・・・?」
そう―――。
ヴァルバトーゼのこととなると見境がなくなるフェンリッヒである。これから自分が行おうとしていることを知ったとしたらきっとフェンリッヒは自分を殺してでも止めるに違いない―――。その考えに至るのに時間は掛からなかった。そのためフーカはドアを開け、フェンリッヒと出会った時から気まずく真っ直ぐにフェンリッヒの顔を見れずに明後日の方を向いているのである。
「・・・貴様、先ほどから随分とナメた態度だな? 一体何を企んでいる? 俺に知られては困ることなのか?」
フーカのあからさまな態度にギロリと睨みを利かせるフェンリッヒ。普通の人間ならば大抵は恐れ何も言えなくなる態度と目つきだが、元から肝が据わっているのか・・・単に慣れただけなのかフーカは恐れずに、
「別に何も企んでなんかいないわよ! それにもし何か企んでいるんだとしたらその時は絶対にフェンリっちになんて言うもんですか。邪魔されるに決まってるもん」
堂々と自分の意見を言い、腕を組みそっぽを向く。実に威風堂々とした態度だった。
「それじゃあアタシはヴァルっちを探すわ。じゃねーフェンリっち」
そして手のひらを返し、執務室から出ようとするフーカ。
「! おい待て! 閣下に何の用なのかを教え――」
それを見たフェンリッヒは、すかさずフーカの足取りを止めようとした。が、その時・・・叫んだフェンリッヒではなく第三者が現れたことによって止められることとなった。その第三者とは―――

「お姉さまー、ヴァルっちさんは居たデスかー? デスコ、早くキスの日のことを教えてあげたいデスよー」

事実上・・・フーカの妹となっていてラスボスになることを目標にし、日々頑張っている最終兵器・・・デスコであった―――。



「でっ、デスコ! アンタいったいなんでここに・・・」
「なんでって・・・『もしかしたらヴァルっちは執務室に居ないかもしれないからデスコは別のとこ探してきて。それで見つからなかったら執務室にくるのよ』ってお姉さまが言ったデスよ?」
「う゛・・・そういえばそうだったわね・・・」
執務室から出るためにドアに近づいたが、自分の目の前に現れたデスコに思わず質問してしまい、墓穴を掘ってしまうフーカ。それで会話が終了するのならばこの場を切り抜けられたのだろうが―――そうは問屋が卸さなかった。
「それでお姉さま? ヴァルっちさんは・・・居ない・・・みたいデスね。てっきりキスの日のことを知ったヴァルっちさんの反応を見ることができると思ったのデスが・・・」
フゥ・・・と小さなため息をこぼすデスコ。デスコにとっては何気ないただの独り言だったのだろう。だが、その独り言を聞き逃せない者がいた。それはもちろん―――

「キスの日――だと?」

―――フェンリッヒだ。
・・・気のせいか、周りの温度が数度下がった気がする。
「えーっと・・・キスの日? 何それ? フェンリっちの聞き間違いじゃない・・・?」
フーカは、自分を睨み付けてくるフェンリッヒから視線を逸らし、精一杯言葉を選び答える。しかしフェンリッヒには全てお見通しらしく、
「しらばくれるな小娘。おいデスコ、キスの日とはなんだ? そして貴様らの目的はなんだ?」
「・・・!? は、はいデス! お姉さまが言うには今日はキスの日みたいデス! それでお姉さまとデスコはこのことをヴァルっちさんに教えに行ってキスの日のことを知ったヴァルっちさんがもしかしたらアルティナさんに何かするかもしれない・・・と思っただけデス!!」
フーカからデスコに視線を切り替え睨み付け、威圧し無理やり答えさせた。
「ちょっ、デスコ! アンタさっきから本当のことを言っちゃって・・・! せっかくアタシがフェンリっちにバレないように頑張ってたのにこれじゃ台無しじゃないのよ!!」
「ご、ごごご、ごめんさないデスお姉さまっ!! わ、ワザとじゃないデス!」
そしてフェンリッヒの威圧に負け、つい全てを答えてしまったデスコに怒るフーカ。このまま二人の会話が続く―――と思いきや、
「・・・・・・なるほどな。小娘・・・貴様は本当に下らない事を考える・・・。本来ならばこの場で殺してやりたいところだが、俺はその下らないキスの日とやらのことが閣下に知られる前に手を打たねばならん」
フーカの目的を知ったフェンリッヒは、二人を見下し殺意をあらわにした。そのあまりな言葉に思わずフーカは、
「く、下らないって何よ・・・! 何もそこまでバカにしなくても――」
必死で言い返す。だが――
「――ハッ。言いたい事はそれだけか? ならば俺はもう貴様らに用はない」
「ちょっ・・・どこ行くのよフェンリっち?!」
「閣下を探しに行く」
自分が今日一日ヴァルバトーゼの傍にいて、キスの日のことを知られるのを阻止する気なのか、執務室から出ようとするフェンリッヒ。それを見たフーカは必死で考えた。
―――どうしたらフェンリッヒがこの場に留まるのかを―――。
その結果―――

「・・・ふぇ・・・フェンリっちはそれでいいの?! これはヴァルっちのためなのよ?!」

「・・・なに?」

―――ヴァルバトーゼの名を出し、フェンリッヒを留まらせたのだった――――――。



「閣下のためだと――? 嘘をつくな小娘。キスの日などというバカげたものが一体閣下の何のためになると?」
「そ、それは・・・その・・・」
ヴァルバトーゼの名が出たため、反射的に足を止めフーカに問うフェンリッヒだったが、フーカの言葉を濁す態度を見て、
「・・・これ以上俺の邪魔をするな。今のは見逃してやる。だが二度目はないと思え? その時は・・・前々から言っているようにその沸いた口から二度と下らないことが発せられないようにしてやる」
呆れ、再び歩き出そうとした―――が、ついにフーカが答えた

―――何故ヴァルバトーゼのためになるのかということを―――それは―――

「・・・ヴァルっちが今まで何人の人とキスしたってこととかはわからないけど・・・こういうって結構大事だと思うのよ。経験があればあるほど大人って感じじゃない? だからヴァルっちもきっかけがあるんだったらキスでもして大人の余裕ってやつ? それをパワーアップするべきなのよ」
少し顔を赤らめ、自分の考えを言った。
「だ、だいたいキスに限らず何でもうまいことはいいことじゃない? だから経験よ経験。ヴァルっちがどれほどキスがうまいか知らないけど何事も経験! 経験して男らしさをアップするための意味ある行為なのよ!」
フフン・・・と鼻を鳴らし胸を張るフーカ。
対するフェンリッヒは、フーカの考えを聞いて、
「・・・だから閣下にあの泥棒天使とキスをしろと言うのか?」
「ま、まぁ・・・そういうことになるわね・・・」
確認のため質問する。その様子を見たフーカは、これでもう大丈夫・・・と感じたが・・・相手はあのフェンリッヒ。一筋縄ではいかなかった。
「・・・フン。閣下にキスなどという卑劣な経験など必要ない。ましてやあの泥棒天使とキスなどと、バカも休み休み言え」
フーカの考えを一刀両断したのだ。
これを聞いたフーカは、自分の考えを否定されたことに関して怒りよりも先に呆れがやってきた。
「・・・ふぇ、フェンリっち・・・い、今の本気で言った?」
「あぁ。本気だが? それがどうした?」
フーカに質問されたフェンリッヒは自分の発言に何一つ疑問を持たず、むしろ「何を言っているんだこいつは」と言わんばかりの態度でフーカを見た。
その堂々たる態度にフーカは――、
「いいい、いくらなんでもそれはないんじゃないの?! 前も『女は必要ない』なーんて言ってたけど・・・まさかここまでだったなんて・・・」
本気で呆れ、信じられないという表情をした。が、それはのちに笑いへと変わった。
「・・・あっ、わかった! フェンリっちってば悔しいんだ! ヴァルっちがキス慣れするのが悔しいんだ! だからそんなこと言ってるのよ!」
フェンリッヒを指差し、笑い始めるフーカ。
「・・・貴様・・・何を言っている・・・?」
そしていきなり笑い出し、フーカが言ったことの意味がわからないフェンリッヒは思わず聞いてしまう。
「フェンリっちのことだもん。閣下ー閣下ーって言ってヴァルっちに付きまとってるばっかで誰ともキスしたことないんでしょ? それじゃあ悔しいのもわかるわー」
しかしフェンリッヒの質問に答える気がないのか、フーカはなおもケラケラと笑い続ける。

―――この自信満々で傲慢な態度に・・・フェンリッヒは何か頭にくるものがあったのか―――ついに動き出した。

「――ならばそのキスとやら、今ここで・・・貴様自身で確かめさせてやる」

フーカに近づき・・・見つめ始めたのだ。
「――え・・・」
そして自分を見つめてくるフェンリッヒに何を言われたのかわからず固まるフーカ。
だがフーカのそんな態度など気にもせず、フェンリッヒは更にフーカに一歩一歩近づく。
「ちょっ、ちょちょ、ちょっと待ってフェンリっち! な、何かの冗談よね!!?」
「俺は冗談は言わん」
「う、嘘よ嘘! だってフェンリっちってば平気で嘘つく――」
「いいから黙ってろ」
「っ・・・」
いきなりの展開に狼狽していたフーカだが、フェンリッヒの真剣な表情に何も言えなくなってしまう。そしてフェンリッヒが一歩ずつ近づいてくると同時に、フーカも一緒に一歩ずつ後ろに下がっていった。
―――そのため・・・フーカは壁際に追い詰められる結果となり・・・自分自身の背中を壁にくっつけてしまい・・・完全に逃げ場のない状態になってしまった。

―――普段は、閣下閣下と言いヴァルバトーゼに常に仕えているほどのヴァルバトーゼ命な彼の様子を見せられている側としては忘れがちだが、フェンリッヒは顔立ちがいい。むしろイケメンの分類に入っていてもおかしくない程だ。

そんなことを考えていたフーカだったが―――・・・気がつけばいつの間にかフェンリッヒと自分の距離はかなり近いものとなっていた。そして今度はフーカに顔を近づき始めるフェンリッヒ。
(――!)
フェンリッヒの顔が自分の顔に少しずつ近づいていき――数十センチとなったところでフーカは無意識のうちに目をつぶり固く口を閉じ、顔が赤くなり何も考えられなくなってしまった。その様子は誰がみても緊張している姿そのものだった。
そんなフーカの初々しい反応にフェンリッヒは小さくニヤリと笑うと、更にフーカに顔を近づけていく。
九センチ―――八センチ―――七センチ―――徐々に自分の顔をフーカに近づけ、距離を縮めていくフェンリッヒ。
―――残り五センチ―――となったところでフェンリッヒはいったん近づくのを止めた。
対するフーカは、目をつぶっているためフェンリッヒとの正確な距離はわからないが、フェンリッヒの呼吸音が聞こえ息が自分の顔にかかることから相当顔が接近していることを感じ更に赤面する。
――もうそろそろでキスをされる――そう心の中で思い、覚悟を決めていたフーカだったが、フェンリッヒからのキスは何秒、何十秒経ってもなかった。
その代わり―――誰も予想ができないような信じられないことが起こった―――。

「――まさか本気にするとはな。貴様は本当にアホだな」

フェンリッヒが―――フーカの顔に近づいたままで―――鼻で笑い、言葉を発したのだ―――。

「へっ――?」
何が起きたのがわからず、呆気にとられるフーカ。
「ハッ。俺がお前のような小娘を本気で相手にするとでも思ったか?」
「えっ・・・え・・・??」
「それにしても随分な百面相だな。その辺の悪魔ならば思わず逃げ出すと思うぞ?」
フーカから離れ、ククク・・・と笑みがこぼれるフェンリッヒ。そして状況が掴めず相変わらずポカーンとしているフーカだったが数秒後、
「なっ・・なななっ・・・! だっ、騙したわねっ!!!」
怒りと羞恥心から顔を真っ赤に染め上げ、フェンリッヒに叫ぶ。
「騙された方が悪い。地獄・・・もとい魔界はそういうところだ。よって俺には何の非などない」
「っ――!!?」
反省するどころか開き直るフェンリッヒに、顔を赤く染めたまま言葉にならない声を出すフーカ。
そんなフーカの様子に満足したのかフェンリッヒは、
「俺に大口を叩いておいてその程度か? まぁ予想はしていたが・・・まさかこれほどまでの反応を見せるとはな・・・俺のことをとやかく言う前に自分自身の経験を高めたらどうだ?」
ニヤニヤと盛大に笑いフーカを見下し、そして―――

「――フン。せいぜい経験を積むことだな。小娘」

再び鼻で笑い、今度という今度こそは執務室から出て行ったのだった――――――。



「お、覚えておきなさいよー!!!」
「・・・お姉さま? もうフェンリっちさんはいないデスよ?」
バタン・・・と、扉が閉まったと同時に叫ぶフーカ。そのため、フェンリッヒにフーカの叫びが聞こえることはなかった。と、ここでフーカは気がついた。
「と、というかデスコ、アンタいたのなら止めなさいよ!!」
キスされそうになったこの場には、デスコが居たのだ。そのことを思い出したフーカはデスコに事の一部始終を見られていたことを気にしつつも問い詰めるが、デスコから返ってきた言葉は以外なものだった。
「デスコ、お姉さまとフェンリっちさんのドキドキする雰囲気に見惚れてしまったのデスよ・・・」
「・・・は?」
「お姉さますごく可愛かったデス! 顔が真っ赤になっていて緊張していてすごくすっごく可愛かったデス!!」
それは先ほどの出来事を思い出させる発言―――。

―――フェンリッヒの顔が自分に近づき・・・互いの息が伝わる程顔が近くて―――柄にもなく緊張し顔を真っ赤にし―――不覚にも期待を―――・・・・・・

「―――っ!!! これは気のせいよ・・・! 気のせいにきまってるわ・・・!」
思い出し、瞬時に顔を再び染め上げ叫びだすフーカ。
「お、お姉さま!? ど、どうしたデスか?! お、落ち着いて欲しいデスよ!」
そして叫びだしたフーカに驚き、落ち着かせようとするデスコだったが、
「お、おおお・・・乙女の純情を弄んで・・・絶対に・・・絶対に・・・!」
フーカは聞く耳持たず―――というよりは余裕がないのか・・・ワナワナと怒り震え―――

「絶対に許さないんだから――――!!!」

真っ赤な顔で地団太を踏み、とにかく叫び続けるのであった―――。



ミイラ取りがミイラになる―――。

これはまさにこのこと―――――――――。





−あとがき−
キスの日小説、フーカ編です
前回の二人に全然ラブっぽさがなかったので今回はちょっとラブっぽさを・・・
いや・・・ラブかこれ・・・?w
ただ赤面して目をギュッとつぶる仕草と壁際に追い詰められるシーンを書きたかっただけ・・・な気が・・・!w
今回のことをわかりやすく解説すると、フェンリッヒを煽ったフーカが逆に攻められる羽目となる。
こんな感じで・・・(うわぁ)
・・・なんだろう・・・
この2人で甘酸っぱいものを書いてみたいハズなんだが・・・何故か書けん・・・何故・・・
それとヴァルバトーゼとフェンリッヒは絶対にモテる・・・!
そしてだんだんとキャラの口調が怪しくなってきた気がする・・・!!(汗)




2011/05/29